金曜の飲み会、一杯で切り上げる返事に日曜のサッカーが入っている
金曜の飲み会で「今日はここまで」と返すとき、頭に浮かぶ日曜のサッカー。 一杯でも量や度数は同じとは限らないという知識に触れながら、帰る時刻を自分で選ぶ場面を描きます。 週末の予定が平日の過ごし方にもつながっていることを、仕事帰りの短い返事から見つめます。
金曜の夜、仕事帰りの席で、空いたグラスを端へ寄せる。
同僚がメニューを持ち上げて、「次、どうする?」と聞いた。
まだ話の途中だ。
今週あった出来事も、ようやく仕事の報告ではなく、笑って話せる話になってきた。
少し迷ってから、「今日はここまでにするわ」と答える。
鞄の中には、仕事の資料しか入っていない。
ユニフォームも、スパイクも、家にある。
けれど、返事をする前に頭に浮かんだのは、日曜の集合場所だった。
まだ金曜日なのに、週末のサッカーが、この席での選択に顔を出している。
金曜の飲み会、「一杯」は同じ量か

金曜の飲み会を一杯で切り上げる、と聞くと、どのくらい飲んだかも分かった気になる。
けれど、「一杯」は、アルコールの量をそろえて数える単位ではない。
グラスの大きさが違えば、中身の量も変わる。
同じ大きさのグラスでも、飲み物の度数が違う。
厚生労働省の「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」では、お酒の量だけでなく、含まれる純アルコール量に着目することが示されている。
計算は、お酒の量にアルコール濃度と0.8を掛ける。
たとえば、度数5%のお酒を500ミリリットル飲んだ場合、純アルコール量は20グラムになる。
この数字は、含まれている量を表したもので、安全に飲める量を示したものではない。
「一杯だけだった」という記憶と、実際に飲んだ量は、別々に確かめる余地がある。
だから、この記事の「一杯で切り上げる」も、日曜の体調を保証する決まりではない。
飲まない選択を含めて、その夜をどこで区切るかという話だ。
本記事は医療的な助言ではありません。
痛みがある場合は医療機関へご相談ください。
普段は、注文の流れに乗って、次の飲み物を決めていることもある。
誰かが頼んだから、自分も同じものを頼む。
グラスが空いたから、もう一杯。
その流れの途中で、今日はどうするかを一度考える。
日曜の予定がある人にとって、そのとき思い浮かぶ先は、今夜だけとは限らない。
土曜に済ませる用事がある。
準備しておく荷物もある。
金曜の仕事が終わったところから、日曜の集合までは、まだ暮らしが続いている。
一杯でやめると決めた人も、最初から飲まなかった人も、その間の時間を自分なりに考えている場合がある。
隣の席からは、その予定までは見えない。
聞こえるのは「今日はここまで」という短い返事だけだ。
帰る時間を決めると、何が残るか

仕事で、夕方になって「これも今日、見られる?」と声を掛けられる。
内容を聞き、締め切りを確かめる。
今から引き受ければ、先に約束していた確認の時間がなくなるかもしれない。
そこで「今日はここまで確認して、残りは月曜の朝に返します」と伝えることがある。
目の前の依頼だけを見れば、全部引き受けるほうが話は早い。
けれど、すでにある予定も含めて考えると、返事は変わる。
サッカーでも、ボールが前へ転がったからといって、毎回追い越していくわけではない。
味方が前へ出ているなら、自分は後ろに残る。
次にボールがこぼれたとき、誰が拾える位置にいるかを見ている。
その場の勢いに加わらない判断が、次のプレーの場所を残すこともある。
金曜の席で帰る時刻を決めるときも、まだ来ていない時間を少し見ているのではないだろうか。
今の話がつまらないわけではない。
同僚と過ごす時間も、日曜の試合も、どちらも自分の予定だ。
その夜は、ここで席を立つと決める。
翌日、実際にどう感じるかや、日曜にどんなプレーができるかは、その返事だけで決まらない。
それでも、どこまでも流れに任せず、自分で区切った時間が残る。
チームから、金曜の行動を報告するよう頼まれているわけでもない。
早く帰ったことを、出欠表に書く欄もない。
日曜に会えば、いつもと同じように靴ひもを結び、ボールを蹴り始めるだけだ。
その準備の一部が、金曜の返事の中に入っていたとしても、仲間には分からない。
もちろん、いつも思い描いた通りにはならない。
話が弾んで、予定の電車を一本見送ることもある。
帰ろうとしたところで、ずっと聞きたかった話が始まる。
「今日はここまで」と言った直後に、同僚が「そういえば、サッカーどうなん?」と聞いてくることもあるだろう。
そのひと言には、つい答えてしまう。
帰る理由だったはずのサッカーが、帰れない話題に変わっている。
「この前の試合でな」と口にした時点で、説明はもう始まった。
相手は結果を聞いただけなのに、こちらは失点する前の守備の位置から話している。
鞄を持ったまま、立ち話の延長戦だ。
それでも、ひと区切りついたところで「続きはまた」と言える夜がある。
全部話してから帰るのではなく、続きがあるまま席を離れる。
話は次に会ったときにもできるし、日曜にはまた、話したくなる出来事が増えるかもしれない。
駅へ向かう途中で、チームの連絡を開く。
集合時刻を見直して、画面を閉じる。
まだ試合は始まっていない。
自分がどこで出るのかも、どんな展開になるのかも分からない。
それでも、その予定を楽しみにして、今日の過ごし方を少し変えている。
大会の大きさや、誰かに見てもらえるかどうかとは関係なく、自分には行きたい場所がある。
その場所にどう向かうかを、金曜から考えている。
だからといって、週末のために平日を全部我慢の時間にする必要はないのだろう。
今夜、話せてよかったことも持って帰る。
仕事の席では聞けなかった同僚の近況や、笑った話も、その日の中に残る。
そのうえで、もう少し先の自分の予定にも時間を渡す。
飲み会を早く切り上げた、と言えば、短くなった時間だけを数えているように聞こえる。
でも本人の中では、終わらせた夜の先に、まだ使っていない週末がある。
日曜に集まる仲間は、それぞれ違う金曜日を過ごしてくる。
その中のひとりとして、自分も今夜の終わり方を選んでいる。
これは、日曜にやりたいことを、金曜の自分の予定として扱っているということだ。
今日は、次の金曜に帰るつもりの時刻をひと言メモしてみる。
飲み会を先に切り上げるとき、いつも何と言って席を立ちますか。
日曜を楽しみにしている仕事仲間にも、この記事を。
次の予定は、Pullawayの試合日程から。
PULLAWAY