社会人サッカーの翌日、月曜のデスクで次の日曜の自分を考えている
社会人サッカーの翌日、デスクで今週の予定と体の様子を確かめる。 遅れて現れる筋肉痛の一般的な知識と、職場でつい始まる試合の話を交えながら、次の日曜に向けて、参加の返事や平日の予定を見直す時間に目を向けます。 痛みの強さを、頑張りの点数にはしないコラムです。
月曜の朝、デスクの下に鞄を置いて、椅子を引く。
いつもの動作なのに、座る直前で少しゆっくりになる。
パソコンを開くと、金曜に閉じた資料がそのまま残っている。
画面の上では、週末がなかったように仕事が続いていた。
一方、スマートフォンにはチームの連絡が届く。
次の試合の出欠確認だ。
返事を書きかけて、いったん画面を閉じる。
昨日は出られた。
でも、来週も同じように出られるかは、仕事の予定と、これからの自分の様子を見てから決めようと思う。
今週のカレンダーを開くと、会議の予定の先に、また日曜日がある。
社会人サッカーの翌日、体は同じとは限らない

社会人サッカーの翌日に、昨日の試合を思い出すきっかけは、動画や写真だけではない。
椅子から立つときや、駅の階段を前にしたとき、いつもと違う感覚に気づくこともある。
ただ、その感覚をすべて「昨日、頑張ったから」で片づけることはできない。
米国の医療機関クリーブランド・クリニック(Cleveland Clinic)は、運動から時間がたって現れる筋肉痛を「遅発性筋肉痛」と説明している。
同院の解説では、強い運動の1〜3日後に現れるとされ、筋肉痛がなくても運動は有意義であり得ることにも触れている。
試合が終わった瞬間の感覚と、翌日以降の感覚が同じとは限らない。
そして、痛みの強さが、そのままプレーの価値を示すわけでもない。
月曜日に何ともないからといって、昨日の走りが足りなかったことにはならないのだ。
反対に、痛ければよく走った証拠、と決めつける理由にもならない。
これは一般的な説明であって、今ある痛みが遅発性筋肉痛なのかどうかは、この記事では判断できない。
本記事は医療的な助言ではありません。
痛みがある場合は医療機関へご相談ください。
日曜の終わりに、自分の状態が全部分かるわけではない。
そのことを知っていると、月曜に改めて様子を見る時間にも、場所ができる。
何をしたらすぐ戻るかという答えを、毎回探さなくてもいいのかもしれない。
昨日と今日で、何が違うのか。
今週は仕事でどんな移動があるのか。
次の活動までに、どこで予定を見直せるのか。
まだ答えの出ていないことを、予定表の中に残しておく。
週末にサッカーをしている人の平日は、試合のない日というだけでは言い表せないところがある。
出欠の返事を保留にするときにも、自分だけでなく、人数を確認している仲間がいることは気になる。
だから「週の途中で、もう一度連絡する」と添える。
参加できるかをすぐ言い切ることと、連絡をしないままにすることの間に、そういう返し方もある。
日曜のために、月曜の時点で全部を決めてしまう必要はない。
月曜の確認が、次の日曜につながる

仕事でも、金曜に立てた段取りを、月曜の朝にそのまま使えないことがある。
待っていた返事がまだ来ていない。
先に確認するはずだった担当者が、別の対応に入っている。
予定表は変わっていなくても、仕事を進める条件は少し変わった。
そんなとき、前の予定に合わせるためだけに、返事の来ていない資料を次の人へ渡すだろうか。
先に進められるところを確かめて、確認が必要な部分を残す。
誰かに知らせる必要があれば、早めにひと言送る。
ピッチで、ボールを受ける直前に顔を上げる動きと重なる。
さっき見えた縦のパスコースが、今も空いているとは限らない。
相手が寄せてきたなら、いったん横へ預ける。
前へ進むつもりだったことまで、なかったことにするわけではない。
今の配置を見て、次の一手を選び直している。
月曜の自分を見ることも、次の日曜へ向かう予定を立てるうえで、そんな確認に近いのではないだろうか。
出たい気持ちは、そのままある。
そのうえで、今日の状態と今週の用事を確かめる。
週の途中で状況が変われば、予定ももう一度見直す。
決めた通りに押し切ることだけが、日曜に向けた準備ではない。
とはいえ、職場の予定を自分の都合だけで動かせるわけでもない。
出張が入る週もあれば、締め切りが重なる週もある。
帰宅後に思い描いていた時間が取れず、そのまま一日が終わることもあるだろう。
そこで予定表を閉じて終わりにせず、明日はどうするかを考える。
今週の参加を見送ると決めたなら、チームに知らせる。
その判断に、試合に出たときのような拍手はない。
けれど、自分の状態を確かめずに「参加」を押すより、言葉を選ぶ時間がかかる日もある。
月曜の職場では、同僚に「昨日、試合やったん?」と聞かれることがある。
こちらは普段どおり座ったつもりなのに、椅子の肘掛けを使う動作だけが、やけに丁寧だったらしい。
昨日のプレーは誰も見ていないのに、月曜の着席だけは見られている。
サッカーの話を始めると、つい「あの一本は通したかった」と説明が長くなる。
相手が知りたかったのは週末の予定なのに、気づけば机の上のペンが味方、消しゴムが相手になっている。
「ここが空いてて」と言ったところで、会議の通知が出る。
盤面を片づけて、仕事に戻る。
日曜の話ができることと、今週の体の状態を把握することは、別々の話だ。
楽しかった試合でも、次の参加を迷うことはある。
思うようにプレーできなかった試合のあとでも、次の日曜を楽しみにしている自分がいる。
どちらかの気持ちだけで、一週間全部を決めなくてもいい。
日曜日にやりたいことがあるから、月曜から自分の様子を気に掛けている。
仕事の予定だけを埋めるなら、カレンダーに自分の状態を書く欄はなくても済む。
それでも、今週はどうだろうと、予定の間で一度立ち止まる。
その確認を、誰かに提出するわけではない。
チームメイトにも、全部は話さないだろう。
日曜に会えば「おはよう」と言って、いつものように荷物を置くだけだ。
その短いあいさつの手前に、月曜から何度か、自分へ向けた問いがある。
今週、行けそうか。
今の予定で、大丈夫か。
サッカーの時間は、日曜日の予定欄にだけ入っているようで、平日の判断にも少しずつ居場所を持っている。
これは、次の日曜を楽しみにしながら、平日の自分にも目を向けているということだ。
今日は、今朝の体の様子を手帳にひと言だけ残してみる。
月曜の職場で、つい昨日の試合を話してしまうのはどんなときですか。
同じように月曜のデスクへ戻るチームメイトにも、この記事を。
次の予定は、Pullawayの試合日程から。
PULLAWAY